| 茶道の歴史書でも知られる桑田忠親・国学院大名誉教授(1902〜87)に『武将と茶道』(昭和18年・京都一条書店)というご著作があり、これには東国武将は小田原北条氏と尾張徳川氏くらいしか出てきません。 ところが戦後出版された『茶器と懐石』(講談社学術文庫版は昭和55年)には古田織部の弟子として「独眼龍で有名な仙台の伊達政宗もその一人です。政宗ははじめ利休にお茶を習い、利休が死んでから織部に習ったのです。私、びっくりしました。伊達政宗という人は荒大名で文化的な教養などないだろうと思っていましたが、非常に素養があったんですね。…政宗の懐石やお茶に関する話も少ないんですが、ちょうどいいあんばいに『命期集』という本がありまして・・・要約してお話しますと、あるとき政宗が言うには、 『かりそめにも人に振舞うとならば料理第一と心得よ。亭主が勝手に入って調べも指図もせずに粗末な料理などを出し、客に虫気でも起こさせたら大変だ。そんなもてなしなら客を呼ばないよりも劣る。昔は、誰人を招くにもその人の好むものを聞き、嫌いなものを除けて料理を出したから気楽だった。ところが近頃は、そのような考えがなくなってしまったので、何とも不安である。人は身分の高下によらず客を馳走するために色々なものを沢山に出すのは無用なことである。一種か二種か品を整え、それにちょっとした物を添え、目の前の料理か、または亭主自ら両視しての盛物ならばそのまま座敷へ持ち出す。これは一種のとりなしと言って良い。珍物をいろいろと出すよりもはるかにましだ。第一に、涼やかに、物事をきれいにするのが何よりのご馳走なのである。さまざまのものを百種も千種もとりそろえ、三度も振舞うよりも、なんとも目に立たぬものを一種か二種づつで、季節にあったものがよい』。と記されてあります・・・」(117−118p)と絶賛されております。引用の『命期集』とは『政宗君名語集』の異名ですが、仙台叢書の原文よりかなり意訳されているようです。
仙台藩の茶人は古田織部の弟子清水道閑が京都から500石で召抱えられ、四代が片桐石州に弟子入りして以来、清水流は石州流になりました。秋葉天目や猿若の茶入など茶道具のコレクションも有名でしたが、明治以後売り立てにより民間に出てしまいました。
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